2012年11月17日土曜日

平河町ミュージックス第18回 沢井一恵 没絃琴 ~二十五絃、瑟から一絃琴まで~ を聴いた


公演前夜。
沢井一恵と、
尺八の善養寺恵介、
コントラバスの齋藤徹が、
それぞれの音をたしかめた。



公演当日。
十七絃箏に沢井の指が触れ、
優雅な響きを放ちはじめる。
中二階から、善養寺の尺八の音色が
動きながら、箏の響きに近づき、重なる。
能舞台のような、
凛とした和の気配に包まれる。
柴田南雄:枯野かれこがらし



中国の王の墳墓から出土し
復元されたという
二十五絃の」(しつ)から
二千余年の時を超えて
濁りのない美しい音が甦る。
その脇で
作曲家の高橋悠治が、
ゆったりと詩を朗ずる。
高橋悠治:残絲曲



箏の音でありながら、
目を閉じると、
ハープを奏しているような旋律。
ロビン・ウィリアムソン:
見知らぬ人の子供時代からの手紙



沢井に師事する二人が
運び込んだ十七絃箏は、
中央の1絃のみに
「琴柱」(ことじ)をたて
古来の一絃箏にみたてたもの。


はりつめた一本の絃に
沢井が向き合った。
かすかな音が立った。
音がつながり、
絃をはじく沢井の渾身の姿は、
呪術的な色彩を帯びて、
聴衆は息をのみ、
耳をそばたてた。
絃は「琴柱」(ことじ)をはじき飛ばし、
ついに没絃琴となり、曲を終えた。
一絃箏による即興



齋藤がコントラバスを
なんと、
寝かせたまま弾きはじめた。
韓国シャーマンの一族が
村々をまわっておこなう儀式の音から
着想を得た旋律。



やがてコントラバスがたちあがり、
シャーマンの多様なリズムに
沢井が十七絃箏のうねるような響きを
加える。
聴衆が体を揺らすほどの
圧倒的なおとのちから。
西村 朗:かむなぎ



 
耳にリズムが残るなかでのアンコール。
アンコールは演奏ではなかった。
沢井が聴衆に呼びかけた。
「箏を聴くより、みなさん箏に触れて
自分で音を出してみてください」と。
思い思いの響きが空間を満たした。



たった一本の絃から
二十五絃の紀元前の音色まで、
沢井の指先がはじき出す多彩な音色に
聴衆は素直に酔いしれた。
聴衆にとっては別世界の箏の魅力を
聴衆自身の指先にまで引き寄せる
沢井のおおらかで魅力的な人柄にも。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近










2012年10月13日土曜日

平河町ミュージックス第17回 金子飛鳥  音のゆらぎと対話 を聴いた


公演前日
金子飛鳥とゲストの北村聡が
ヴァイオリンとバンドネオンの音をあわせた。
リハーサルだというのに、その響きに鳥肌が立った。






公演のはじまり

暗闇のなかで、
中二階から絃と弓の、こま切れの音が聴こえ、
それが、しだいにつながり、美しいメロディーになる。
聴衆が息をひそめ、
今日の気分を音に変えたという
その旋律を追いかける。
Ama[金子飛鳥]



「今日のテーマは、自由であること。つながること。
大地から育った木々や草を食む羊。木を切り出し羊毛から糸を紡ぎだす。
木が美しい家具に、糸が美しいキリムに、
自分を取り囲むものたちはすべてつながっている。」
と金子は語った。
この空間で感じたそんな気配を金子が音に変えてゆく。
Nymphe[金子飛鳥]
improvisation[即興演奏]




休憩のあと
北村が加わり、
バンドネオンの音色を添える。
シチリアーノ[マリア・テレジア・フォン・パラディス]






ふたりが
中二階に消えた。
とても、ふたつだけの楽器で奏でているとは思えない
重厚なバッハの旋律が、
上から降ってきた。
アレグロ ホ長調 
アダージョ[J.S.バッハ]






ふたりが聴衆の前にもどり、
金子はその場に靴をぬいで、
木のゆかに素足で立った。
ふたたび絃に弓が触れる。
静かな響きがやがて強く激しい音に、
ときには弓が絃をたたく。
曲が終わるたびに、
聴衆がこみ上げるものをこらえるように
溜息をあげた。
Basquelo[金子飛鳥] 
ラ.クンパルシータ



小沼純一が金子に問いかける。
金子が参加する音楽と朗読によるコンサート「星を巡る旅~Le Petit Prince~」のことなど。







Cancion de junio[ホアキン・モーラ]
北村聡の新曲、
リベルタンゴ[アストル・ピアソラ]
とつづく。
北村は新曲のなかで、
異なるリズムを重ね合わせ、
多彩な音を自由に操った。
最後に、
タンゴの情熱的な響き。






聴衆の心からの拍手をうけて
アンコール曲。
金子が歩きながらうたい、中二階を支える柱にもたれる。
リハーサルでは空間の隅々を歩き回っていたのにこの柱がとても気持ちよかったので留まってうたったと、金子は演奏後に語った。
うたごえはいつの間にか絃と弓に移り、
ヴァイオリンの響きに置き換わる。
Earth Turns Eternal[金子飛鳥]




拍手が鳴りやまなかった。
・・・
用意していなかったのに、
戸惑うことなく、
金子はひとりで聴衆の前に戻った。
静かなメロディーをもうひとつ奏で、幕を閉じた。


キリムや北欧家具から自然界とのつながりを感じ取る鋭い感受性と、
対話の隅々に見え隠れする自由な思想と音楽への真摯な姿勢。
自然体で人を飽きさせない魅力的な個性。
それらの上に築き鍛えられた
並はずれた技術と表現力。
それにしても、どうして金子は、
こんなにも色々な音を立てられるのだろうか。
その音に北村が美しい響きを添え、
ふたつの音が生み出す色々な音のゆらぎに、
ここに居合わせた もの や ひと が、
一緒にゆらぎ、対話した、
幸せで濃密なひととき、だった。



平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2012年9月23日日曜日

平河町ミュージックス第16回 山田百子 古部賢一  ふたつの木のひびき vol.2 を聴いた

公演前夜の
山田百子と古部賢一。
多忙なふたりにとって、
これが公演前の通し稽古。
おたがいの音を
確かめ合い、直していく。




開演
テレマン:
ふたつの楽器のためのカノン6つのソナタ
作品5より第3番 二長調

空間が、
いっきに心地よい旋律に満たされる。




クライスラー:
レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース作品6

ひとつのヴァイオリンが、
色とりどりのひびきを弾き出す。





マンロー・リーフの『花の好きな牛』を
朗読とヴァイオリンのために仕立てた作品、
リド:
フェルディナンド~はなのすきなうし
目を閉じると、
しあわせな牛のものがたりが、

映画の場面のように浮かんでくる。



休憩のあと、
古部がオーボエについて語り始めた。
いつものように軽妙なことばを操り、
聴衆をひきつける。





ジェイコブ:
7つのバガテル

そのオーボエが白い空間を大きく鳴らす。





山田がヴァイオリンの奏法について
語った。
サントリーホールのアカデミーで
後進の指導にもあたるその語り口は流石。





べリオ:

34のデュオより

ふたりがえらんだ趣の異なる11の小品が
次々と美しいひびきに変えられていく。





このふたりのまわりには、
いつもおだやかな空気がながれる。

一方で、
前日の稽古からアンコールまでをとおして
それぞれが馴れあうことのない
音楽への厳しいこだわりが、
節々で垣間見えた。

寄り添う一対の木のように成長を続ける 
素敵な ふたつの木のひびき だと思った。





平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近









 

2012年5月12日土曜日

平河町ミュージックス第15回 低音デュオ 松平敬&橋本晋哉  ひろがりゆく低音 を聴いた


公演前日の夜、
松平敬と橋本晋哉は
作曲家湯浅譲二を迎えて、
言葉と音のニュアンスを確かめていた。

公演当日の通し稽古には、
作曲家山根明季子が、
二人に語りかけた。


幕開けは、
グレゴリオ聖歌/低音デュオ編「我深き淵より」
バリトンとセルバンが空気を低く震えさせ
空間が神聖さを帯びてくる。

鈴木治行「沼地の水」
歌唱とテキスト、そしてチューバの音が、
巧妙に絡み合う。
作曲家鈴木が客席で二人の響きを静かに聴いていた。

パラレリウス/「モンテヌス写本」より「花咲き乱れ」で、
聴衆が肩の力を抜いた後、
ジョン ケージ「二人のための音楽」。
松平が中2階に、橋本が1階をゆっくり移動しながらうたう。
iPhoneで時間を計りながら、
ケージが譜面にしるした記号を正確に音に変えていく。

休憩のあと
セルバンからチューバに
変化をとげた楽器の変遷について、
橋本が、軽妙な語り口で解説する。

山根明季子「水玉コレクションNo.12
バリトンと正反対の松平のファルセットと
橋本が声を重ねて奏するチューバの重音が、
不思議な響きを刻み、空気を彩る。

作者不詳「セイキロスの墓碑銘」
現存する世界最古の完全楽譜を低音デュオが編曲し初演。
モンゴルのホーミーを思わせる声が、
セルバンの音に溶ける。

湯浅譲二「天気予報所見」
『人間の感情から遠い天気予報のテキストに、
様々な感情表現を音響的に加えた音楽的表現』と
湯浅が語るパフォーマンスに、聴衆は見事に引き込まれた。

空間にひろがりゆく低音は、
聴衆の体の芯まで届き、
何よりも、松平、橋本の飾らない人柄がその低音と相まって、
低音がひとにもたらす本能的な安堵感が
この空間のひとときを支配したように思う。






平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ  木村佐近


2012年4月14日土曜日

平河町ミュージックス第14回 萩 京子  オペラとソングの日々・・・こんにゃく座のうたたち を聴いた

公演を迎える二週間前から、
萩京子とこんにゃく座の歌い手たちは、
この場所で、周到な準備をしていた。
公演当日の午後からの通し稽古を終えて、
開演とともに、華やかな衣装を身にまとい、
130余名の観客の待つ空間に現れた。











古今東西の詩人のことばに
萩京子と林光が作曲した
ソング集のはじまり。






オペラシアターこんにゃく座の
座付作曲家・ピアニスト萩京子が、
自身の作品を電子ピアノで奏で、
それに、
こんにゃく座の歌い手、大石哲史、梅村博美、
相原智枝、岡原真弓が、歌声と所作を重ねていく。



ソングは、
萩京子と林光に美しい音を与えられ、
歌い手たちの声にのって、
観客の心に沁み入ってくる。





ソングは、また、
なめらかな旋律をともないながら、
にほんご のふかい意味と味わいをもって、
観客に迫ってくる。





歌い手たちは、
空間の隅々まで、くまなく活かして歌い、
響きに奥行きを与えた。






萩京子と歌い手たちが身に付けた華やかな衣装について
語りが入った。
「宮城県石巻市の創業140年余の呉服店から
津波に遭ったキモノを譲り受け、泥を洗い、仕立て直して
演奏者などにリースされているドレスであると・・・。」
観客は、被災地の風景を一瞬思い浮かべ、
華やかに生まれ変わった衣装を目前にして、
深いため息を漏らした。

24曲を歌い終わり、
さらに2曲のアンコールで歌いおさめた。

心地よい余韻が残った。






萩京子は「ソング」を
オペラのようにひたすら芸術性に走るのではなく、
歌謡曲のように大衆に媚びるものでもなく、
それでいて、ひとの記憶に深くとどまり、
容易に口ずさむことができる。
芸術性と大衆性を兼ね備えた
にほんご の「うた」だと語っている。


たくさんの「ソング」を
たくさんのひとが聴いた。

心に残るものがたくさんあった。

美しい旋律、うたたち・・・
そして、こんにゃく座の「ひとたち」も。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近