2019年6月23日日曜日

平河町ミュージックス第47回 メビウスの輪の旋律たち  ― 工藤あかね(ソプラノ)×濱田芳通(リコーダー)with 濱元智行(パーカッション) ― を聴いた 2019/6/21 




公演前日、
工藤と濱田そして濱元が
ひとつひとつの楽曲を納得のいくまで確かめ、創り上げていく。








公演当日の午後、
作曲家の松平頼暁が、松平作品を演奏する3人のリハーサルを
目を細めながら聴き入っていた








開演
朗々と語りながら、工藤が聴衆の背後から舞台に向って歩み寄り、濱田と濱元の楽器の音色にうた声を重ねていく。800年ほど前の旋律が時空を超えて聴衆の前に立ち現れ、聴衆を包み込む。
ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ: Walter von der Vogelweide 「パレスチナの歌」: Palaestinalied


うた声からはじまる。
哀愁をおびたその声に濱田の笛の音と濱元のはじき出すリズムが絡みつく。
もはや聴衆は聴きなれない旋律の世界に沈み込んでいる。
ジョヴァンニ・ダ・フィレンツェ: Giovanni da Florentia 「わたしは巡礼」: Io son un pellegrin (Ballata)


ひとりで工藤が椅子に身をまかせ無伴奏歌曲をうたいはじめる。
まるでオペラの一幕を観ているようだ。
モートン・フェルドマン: Morton Feldman 「オンリー」: Only(ソプラノソロ)




詩にはきわどい隠喩が込められているとプログラムにあるが、
笛の音と 透き通った声が交互にうたい上げ、美しい情景をつくりだす。
トーマス・モーリー: Thomas Morley 「僕は先にゆくよ、いとしい人」: I goe before my darling


尺八のような ゆったりした濱田の笛の音が次第に駆け出し、小気味の良い濱元のリズムがそれを追い、重なる。ふたりの超絶技巧に圧倒される。
ヤコブ・ファン・エイク: Jacob van Eyck 「美しき娘ダフネ」笛の楽園第1巻より: Doen Daphne d'over schoone Maeght (リコーダー&パーカッション)


鳥の声のような笛の音と 透き通った うた声の掛け合いから流れるような旋律にうつろう。
トーマス・モーリー: Thomas Morley 「やさしい乙女よ、いざ恋人のもとへ」: Sweet Nymphe come to thy lover

 
高く舞い上がるうた声、小さく刻むリズム、最後にチャルメラパイプのような笛の音が鳴り響き、聴きなれない世界で聴衆は漂うように聴き入る。
ヤーコポ・ダ・ボローニャ: Jacopo da Bologna 「ディアーナの恋人が」: Non al su' amante (Madrigal)



休憩のあと 
トランプを手にした3人がテーブルを囲み、
トランプのカードの解釈を演奏する。
カードのマークは演奏法や音色を、数字はその持続時間を示し、
ジョーカーは全くの即興でおこなう。
脈絡のない言葉と音が錯綜するが、不自然さを感じないのは何故だろう。

途中で工藤がゴム風船を膨らませ飛ばした。聴衆が驚きざわめく。
松平頼暁: Yori-Aki Matsudaira 「ホワイ・ノット?」: Why not?


濱元がひとり舞台にのこる。
指先から小刻みに繰り出される音の粒が空間にはじける。
演奏の後、タンバリンに似たアラブの楽器「レク」や、
いままでの楽曲に多くでてきたリズムが9拍子であることを解説する。
パーカッションによる即興


こんどは切ない笛の音に続き、うた声が響く。
晩年の作曲家に恋する若き乙女のこころの揺らぎが込められているという。
ギヨーム・ド・マショー: Guillaume de Machaut 「ご婦人よ、二度と戻らぬ貴女に」: Dame, a vous sans retollir 「いやな噂をする人たちが」: Se mesdisans


濱田がひとりリコーダーを持ち舞台に立った。
変幻自在に吹き渡る笛の音色が空気を切り裂き揺らす。
ときには笛を吹きながら 同時に声色を重ねて吹き鳴らす。
鳥肌が立つ。
廣瀬量平: Ryohei Hirose 「讃歌」: Hymn(リコーダーソロ)


一曲うたいあげ一呼吸おいたあと、工藤と濱元のホーミーがはじまる。
聴衆の鼓膜を揺さぶるホーミーの響きに、
濱田が角笛のような縦笛の音色を重ねる。
ふたたび鳥肌が立ってしまう。
ギヨーム・ド・マショー: Guillaume de Machaut 「甘やかなる麗しの君」: Douce dame jolie 「私は幸せに生きてゆける」: Je vivroie liement


拍手が鳴り止まなかった。

濱田が語り始めた
今年8月14日から埼玉県川口で濱田が主催するダ・ビンチ音楽祭で、今日の3人が出演することを。



そしてそこでも披露する曲をアンコールで演奏して、舞台を後にした。





メビウスの輪は表にも裏にも切れ目なく繋がってゆくけ れど、今回のアンサンブルもそんな感じになりますように。と工藤あかねがプログラムで語ったように、
1170年生まれの作曲家から現代にいたる楽曲が違和感なく繋がり、聴衆のこころをとらえた。
工藤と濱田そして濱元の超絶な才能によって、音楽は時空を超えて際限なく繋がり その繋がりがメビウスの輪のように一つの美しく新しい世界を創り出すことを目の当たりにしたひとときであった。



平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近


2018年5月28日月曜日

平河町ミュージックス第46回 大地の薫り、清冽な音楽  ― 山形交響楽団首席奏者による弦楽四重奏 ― を聴いた 2018/5/24 


公演当日の夕刻、
山形から、髙橋和貴(ヴァイオリン)、舘野ヤンネ(ヴァイオリン)、成田寛(ヴィオラ)、小川和久(チェロ)の4人が、北欧家具と、山王祭を控えた平河町神輿 が鎮座する会場に現れた。

開演前には、山形交響楽団西濱専務理事と平河町ミュージックス佐野実行委員長による、曲目紹介と山響東京公演の話題で盛り上がる。

そして開演
いきなりモーツァルトの心地よい響きに包まれる。
なぜか ほとんどの聴衆が目を閉じて それぞれのモーツァルトの世界に浸った。
「劇場では目を閉じる観客はいないが、心地よい音楽会では目を閉じて聴くひとが多いのに驚いた・・・」と初めてこの音楽会を訪れた大学の劇場研究者が終演後に語ってくれた。
モーツァルト:弦楽四重奏曲第1番 ト長調 「ローディ」

一呼吸おいて
色濃い旋律が折り重なるように繰り返され、奥深い東欧のイメージに満たされた。
アラム・ハチャトゥリアン:弦楽四重奏のための二重フーガ

ヴァイオリン奏者の舘野ヤンネがフィンランドに帰省して、この演奏会のために持ち帰ってきたという楽譜。
その楽譜から立ち昇る聴きなれない旋律が、揺らぎと穏やかさの入り交じる北欧の空気感となって聴衆を翻弄する。
アウリス・サッリネン :弦楽四重奏曲第3番 「ペルトニエミ・ヒントリークの葬送行進曲の諸相」


休憩 のあと
聴きなれたドヴォルザーク。
四つの弦が織り成す美しい熟練の響きがのびやかに空間にひろがる。
アントニン・ドヴォルザーク :弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調 「アメリカ」

大きな拍手がなりやまなかった。
終演後の余韻の中で、聴衆は四種類の山形ワインを楽しんだ。
山響の凄腕4人の四つの音とハーモニーを反芻するように。


山形交響楽団は地元山形でスクールコンサートなどを通じて、地域に根ざす活動を続けている。
その活動のありようと、山形の大地の薫りを感じる清冽なこの響きは 間違いなく山形の人々の誇りであり、心の拠りどころになり、そこに永く生き続けるに違いない・・・と思った。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2018年1月27日土曜日

平河町ミュージックス第45回浅井咲乃(ヴァイオリン)& 姜 隆光(ヴィオラ) String Duo ~ヴァイオリンとヴィオラの二重奏で聴く名曲~ を聴いた 2018/1/26

公演当日の昼下がり、
連日の寒波で冷えきった平河町に、
浅井咲乃 と 姜 隆光 が大阪から到着した。
 

開演
ふたつの弦から 艶やかな音が絡み合うように響きわたり、
聴衆を包み込んだ。
I.プレイエル:ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏 第1番より1楽章

晴れやかな喜びに満ちたヴァイオリンの音色にヴィオラの穏やかな響きが重なる。
二つの楽器の特徴を語りながら、音を紡ぐ。
F.クライスラー:愛の喜び

ヴィオラの音色でピアソラを弾く。
「ヴィオラは人間の声に最も近いと科学的に証明された」とか・・姜が弾んだ声で語る。
A.ピアソラ:タンティ・アンニ・プリマ

いつもの聴きなれた「四季・冬」とは違った。
二つの弦だけで鳴らす「冬」の景色は、荒々しい木枯らしのようだ。
その新鮮さに鳥肌が立つ。
A.ヴィヴァルディ:「四季」より「冬」第1楽章

美しく心地よい旋律が、二つの弦の上を行き来する。
C.ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女

プログラムにない曲を付け加えた。
おどろおどろしいゲーテの詩を思い浮かべながら聴く。
シューベルト:魔王

休憩のあと
誰もが知っているヤマトのテーマで後半の幕を開けた。
アニメのテーマも弦の生音で聴くとこんなにも素晴らしい!
宮川 泰:宇宙戦艦ヤマト

ゲーム音楽も 楽し気に弾きこなす。
近藤 浩治:スーパーマリオブラザーズ

プログラムにない曲をさらに弾く。
目を閉じると映画の場面が湧き上がってくる。
久石 譲:もののけ姫

美空ひばりが出てきた。
まるで歌うように、二つの弦が響き合う。
目頭が熱くなる。
小椋佳:愛燦燦

小気味の良いリズムで気持ちがはずむ。
それにしても、二人の弦さばきは圧倒的で、変幻自在。
マイケル・ジャクソンを弾き終えて、
「明日は、東京文化会館小ホールで復元古楽器を用いてクラシックを弾く」と紹介。
マイケル・ジャクソン:スムース・クリミナル

最後の曲は美しい古典曲で締める。
J.ハルヴォルセン:パッサカリア

そして、アンコールを2曲。
聴衆の心は、二人の響きに浸り 支配されていた。
プッチーニ:トゥーランドット/誰も寝てはならぬ
葉加瀬太郎:情熱大陸

浅井咲乃と姜隆光は、バロック音楽演奏を中心として
関西を拠点に活動するテレマン室内オーケストラの首席奏者であり、
復元古楽器とモダン楽器を弾き分けることのできる名手と言われている。
今日は、そのふたつの弦からジャンルを超えてはじけるような響きが溢れだし、
意外性に富んだ 理屈抜きで楽しいひとときとなった。
そして、現代曲と古典曲との境界は無いように思えてきた。



平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ 木村佐近













2017年7月29日土曜日

平河町ミュージックス第44回 濱野杜輝(バリトン)、太田咲耶(ハープ)、藤川大晃(作編曲) 杜のうた ~ハープとバリトンで紡ぐ僕らの物語~ を聴いた 2017/7/28 

公演前日の昼下がり
濱野杜輝、太田咲耶、藤川大晃が現れた。
 

開演
ハープのふくよかな響きにつづき、
バリトンの奥深く力強い歌声が空間に満たされる。
赤とんぼ / 作曲 山田耕筰 作詞 三木露風

力強い歌声とはうらはらな、ひょうひょうとした語りと絶妙な間合いをとりながら、聴衆を一気に濱野ワールドに引き込んでゆく。
みぞれに寄する愛の歌 / 作曲 山田耕筰 作詞 北原白秋
庭の千草  / アイルランド民謡 訳詞 里見義 編曲 藤川大晃
ダニーボーイ  / アイルランド民謡 訳詞 なかにし礼 編曲 藤川大晃

太田咲耶がひとり残る。
ハープの楽器説明のあと、
軽やかに弦の上に手のひらを泳がせる。
オリエンタルガーデン ハープソロのために / 作曲 徳山 美奈子

ふたたび濱野と太田がならんだ。
明治43年にボート転覆により、逗子開成高校の生徒12名が命を落とした海難事故を悔やみ、賛美歌に作詞した三角錫子は濱野の祖母の祖母にあたり、その遺志をひきついで、うたう。
悲哀の物語は美しい歌声と弦の響きにのり、聴衆の心を強く揺さぶった。多くの聴衆の目から涙があふれるのを見た。
真白き富士の根 / 作曲 J.インガルス 作詞 三角錫子 編曲 藤川大晃

悲哀の物語に揺さぶられた聴衆の心は、なつかしい旋律によって癒されていく。
朧月夜 / 作曲 岡野貞一 作詞 高山辰之 編曲 藤川大晃
子守唄 / 作曲 團伊玖磨 作詞 野上彰 編曲 藤川大晃

休憩のあと。
濱野が選んだ7つの詩は、並べることで物語性を帯び、それを藤川大晃が楽譜に置き換えた楽曲。
並べられた谷川俊太郎をはじめとする詩人の選りすぐりの言霊は、「人生は美しい詩に溢れている と気づかせ、一日の流れや、人生までもを感じさせる」と、藤川が語っているように、
7つの詩を聴きながら、時空の流れに想いを巡らせる。
杜のうた / 作曲 藤川 大晃

満身創痍ながら、懸命に生きているおばあさんが目に浮かぶ楽曲。
母を思い出した。
ぽつねん / 作曲 武満徹 作詞 谷川俊太郎 編曲 藤川大晃

ずっしりと心に沁み入る言葉を、濱野がうたう。
哀愁をさそう弦の響きが空間に沁みわたる。
また、涙ぐむ。
死んだ男の残したものは / 作曲 武満徹 作詞 谷川俊太郎 編曲 藤川大晃

「希望に満ちた 島 を探し続けています。」
遠くを見つめたくなる楽曲で幕を閉じた。
島へ / 作曲 武満徹 作詞 井沢満 編曲 藤川大晃


拍手がなりやまなかった。

アンコールは、
武満徹の「小さな空」
「こどもの頃を思い出した。」とうたいながら、舞台をあとにした。


今日は、にほんごの持つ「言霊の力」と、それに音を与えることで生まれる「音楽の力」をあらためて、目の当たりにした。
そして、その「力」は、東京藝術大学大学院で学ぶ3人の並外れた才能によって操られ、満席の聴衆を感動のるつぼ に見事に惹きこんだ。
「杜のうた」と銘打つ若い彼らの見ている杜の向こうに見えるものは何か。・・・それを見守りたいと思ったのは私だけだろうか。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ  木村佐近